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彼は後も振返らずに、夜が明けるまで歩み続けた

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 彼は恐怖と嫌悪とに、わななく歯を噛みしめながら、そっと生暖い寝床を辷り脱けた。そうして素早く身仕度をすると、あの猿のような老婆も感づかないほど、こっそり洞穴の外へ忍んで出た。

 外には暗い夜の底に、谷川の音ばかりが聞えていた。彼は藤蔓の橋を渡るが早いか、獣のように熊笹を潜って、木の葉一つ動かない森林を、奥へ奥へと分けて行った。星の光、冷かな露、苔の 匂い、梟の眼――すべてが彼には今までにない、爽かな力に溢れているようであった。

 彼は後も振返らずに、夜が明けるまで歩み続けた。森林の夜明けは美しかった。暗い栂や樅の空が燃えるように赤く染まった時、彼は何度も声を挙げて、あの洞穴を逃れ出した彼自身の幸福を祝したりした。

 やがて太陽が、森の真上へ来た。彼は梢の山鳩を眺めながら、弓矢を忘れて来た事を後悔した。が、空腹を充すべき木の実は、どこにでも沢山あった。


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